日本の城跡

杉山城(別称:雁城)

外郭から馬出し・土橋・南三の郭へ
訪問日 H22年10月
ポイント 杉山城は市野川に沿ってはしる鎌倉街道を見下ろす丘陵の尾根上に築城されている。この尾根は西側が急崖になっているが、反対の東側は緩やかな傾斜になり、各所に舌状の突出部がみられる。縄張りはその山形にならって十余の郭が本郭を中心に配された多郭式城郭であり、本郭を中心に他の郭は三方に配され、相互に連携して戦えるように工夫されている。そして傾斜の急な切岸、大規模な横堀と屏風のように連続する折れ、枡形虎口や馬出しなどを複合的に持つ様々な虎口の形態など、高度な築城技術の粋を集め、中世の築城教本といわれている。
印象 杉山城も事前の情報通りであった。私有地であるが、地主の協力もあり、最近整備され大変見やすくすばらしかった。コンパクトに色々なものが詰め込まれている。戦国時代の備え、主郭を中心とした郭の連携、それらを固める切岸・土塁・堀切・竪堀・屏風折れの横堀・井戸・虎口等々。どれを見ても満足、感謝。しばし離れがたかった。なんでこの名城が歴史の表舞台に出てこなかったのか?
地図
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略史  築城年代は不明で、”杉山城問題”として議論はつづいているが、最近の発掘調査によって15世紀末から16世紀初頭の土器・陶磁器が出土したことから、関東管領上杉顕定と扇谷上杉定正との戦い”長享の大乱”の後、山内上杉氏が扇谷上杉氏に対抗する為に造った城との説が有力。
出郭・大手口から見る
大手口より土橋・外郭をみる
外郭と出郭間の空堀 外郭
馬出しと南三の郭の空堀
南三の郭虎口 南三の郭から見た馬出し 南三の郭、前方は南二の郭
南三の郭空堀
南三の郭、同虎口方面
南二の郭虎口
南三の郭と同二の郭間の空堀
南二の郭
南二の郭と本郭間の空堀と前方の井戸郭
同空堀を逆方向から見る
南二の郭土塁・空堀と外郭・出郭方面
本郭切岸
井戸郭
井戸郭と本郭間の屏風折れ空堀
井戸郭下の腰郭
同腰郭にある井戸跡
井戸郭下の竪堀
本郭下空堀と帯郭
南二の郭土塁・空堀
同腰郭・谷
東二の郭、右の林の奥が東三の郭
同を本郭から
本郭へ
本郭土塁・空堀・虎口
本郭土塁・東虎口
同内側より
本郭
本郭から南二の郭・三の郭方面
本郭西虎口
本郭土橋・土塁・空堀、北二の郭方面
反対方向から
本郭裏側の土塁・空堀
本郭下の横堀
北二の郭途中の左側の土塁・横堀
北二の郭と北三の郭間の竪堀
同横堀
同土塁
北二の郭と三の郭間の堀切
北三の郭横堀
北二の郭の竪堀
北三の郭から北二の郭への虎口
北三の郭土塁・空堀
北三の郭
同竪堀
同横堀
搦め手口
本郭竪堀
本郭土塁・空堀・帯郭
同帯郭から井戸郭に至る虎口
南三の郭空堀
南三の郭下の腰郭
外郭下から南二の郭・本郭土塁・空堀
遠望(H23年6月撮影)