日本の城跡

糟屋上杉館(別称:扇谷上杉定正館)

高部屋神社・上杉館
訪問日 H20年 6月
ポイント 丹沢山麓東南の丘陵が浸蝕されてできた独立台地上にある。台地の東は乾田から水田に連なり、北は歌川、南は渋田川の氾濫原である。その昔は一帯は沼田であった。高部屋神社の前を大山街道が通っている。最近の調査で神社周辺と国道246線で分断されていた西側からも大規模な堀・建物跡等が発掘されている。
印象 上杉定正の屋敷所在地が意見が分かれていたが、今回の発掘で堀、建物跡が出てきた報を聞き訪問。なかなかの規模で結構興奮した。太田道灌の首塚、菩提寺も近くにある。その後もう一つの候補地、上粕屋の洞昌院、産業大学周辺を廻ったが堀発掘後めぼしい発見もないようで、素人ながら高部屋神社周辺が定正館との印象を強くした。
地図
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略史  この地は武蔵七党の一つ横山党の一族、糟屋氏の館があったといわれる。糟屋有季は源頼朝、頼家に仕え、義経討伐、梶原景時追討等で軍功を挙げた。しかし比企能員が誅せられた時、一族と共に自害して果てた。その後室町期に太田道灌暗殺の舞台となった扇谷上杉定正の館が上糟屋の洞昌院周辺と当地で意見が分かれている。
神社拝殿・館跡
神社・土塁
 
遠望
神社脇の館発掘現場
神社遠望
以下西側発掘現場
馬場跡
土塁
以下太田道灌墓所
道灌菩提寺大慈寺