日本の城跡

網戸城(別称:阿知戸城・陣屋

東漸寺
訪問日 H21年 1月
ポイント 網戸地区の中央に位置する東漸寺を中心とした畑と水田が城域。木曽義仲の子孫、木曽義昌は木曽谷の出身であったが、豊臣秀吉の小田原征伐の時参戦しなかった咎で下総阿知戸に転封され、この網戸城に入った。数年後義昌は没し、子義利の時、叔父義豊殺害が発覚し除封廃藩、廃城となった。義昌の墓標が東漸寺、近隣の水田に残っている。
印象 東漸寺一帯らしい。遺構ははっきりしないが、僅かに土塁が残る。木曽義昌の墓標が東漸寺、少し離れた水田の中に残っているなど不明部分が多い。この辺一帯が陣屋であったのだろうか。
地図
地図をクリックすると拡大します

略史  北条氏の家臣、大橋康忠によって築城されたといわれる。
遠望
  東漸寺内、木曽義昌の墓
寺周辺の土塁
近隣の熊野神社
近隣の水田の中にある義昌の墓
ここから見た東漸寺のある森