日本の城跡

見広城(別称:要害山)

城碑
訪問日 H21年 1月
ポイント 下総台地が椿湖に面する半島状の突端に位置する。椿湖が干拓された後も、耕地が一望できた。当地も当時の椿湖に接し、平安時代から集落を形成していた。城郭の北側に祀られている雷神社は景行天皇時代に創建され、干潟四十六郷の総鎮守とされる古社で、当城と深い関係がある。本丸は方形で周囲には土塁、空堀が巡らされている。北側に一段高い丘があり、物見台と思われる。
印象 雷神社の脇の道から入る。舌状台地の突端で本丸が残り、周囲に空掘、土塁がのこっていた。雨のためガスっテいた為早々に引き揚げた。
地図
地図をクリックすると拡大します

略史  島田義広の居城であったが、里見氏の家臣正木時忠によって陥落した。
遠望
雷神社
登城口
櫓台
空堀・土塁
虎口
堀切
堀切