日本の城跡
春田山 林泉寺
略史 1497年、越後守護代・長尾能景が父の17回忌供養の為、曇英恵応を開山に拝招して創建。能景・為景父子の保護を受けて守護代長尾氏の菩提寺として発展した。為景死後、末子虎千代(後の謙信)が当寺に預けられ、14歳で元服(景虎と称す)するまで学問に励んだ。景虎が上杉氏を継承し、輝虎と称すると上杉氏の菩提寺になった。輝虎は七世住職宗謙のもとで参禅し、剃髪して謙信と号した。上杉氏移封後は一時衰退するが、春日山城主の堀秀冶によって再興され、その後の松平・榊原氏等上越地方の歴代支配者により菩提寺として尊崇を受けた。堀家の秀重・秀政・秀冶3代の位牌と墓がある。当寺は将軍家・高田藩主から厚い保護を受けていたが、2度の大火で本堂・山門が焼失した。しかし近年にそれぞれ再建されている。 |