日本の城跡

神宮寺城

城碑
訪問日 H18年 8月、H24年 4月
ポイント ”親房勤王の居城”。東国、陸奥を勢力下に置くべく南朝方の勢力育成の為親房が在城。
印象 天台宗の名刹、神宮寺が城跡かと思い聞く。雰囲気をもち、歴史を感じる寺。城は少し離れた所にあった。平城だが鬱蒼とした山林で、周囲を廻ったが入口が分からなかった。土塁はなかったようで空堀の規模は不明だが持ちこたえるにはなかなか難しいのでは。再訪、前回入れなかったが、整備された為訪問。結構広くてびっくり。土塁・空堀が大きく、しっかり残っていた。主郭は広い堀と高い土塁に囲まれ、土塁には折れがある。U郭・V郭は竹林に埋もれ、また一部工場敷地で破壊されているが、土塁・堀が残る。整備に感謝、見応えが充分あった。
地図
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略史  南北朝時代、南朝方の勢力挽回の為北畠親房、顕信父子は義良親王を奉じて奥羽に下る途中暴風に遭い、顕信・親王は伊勢、親房は霞ヶ浦へ辿り着いた。親房は東条氏など南朝方を参集して東国経営の拠点として神宮寺城に入った。しかし佐竹氏はじめ北朝方の攻撃で落城、小田氏の護衛で筑波の小田城へ移った為当城は廃城となった。
余湖くんより
遠望
周囲
神宮寺山門
神宮寺
城域入口 外郭・空堀跡 主郭虎口 同から外郭を見る 主郭とV郭間の空堀
外郭と主郭間の空堀 主郭櫓台 同北畠の碑 主郭土塁と内側空堀 主郭
同土塁
同土塁 同U郭方面虎口
同土塁
U郭から虎口を見る
同の空堀 同反対側
折れ土塁・空堀
同・U郭
折れ土塁
U郭
同にある土塁・堀
同・同
U郭
U郭
同外側土塁
同・同
V郭間の主郭側土塁
同V郭側土塁
V郭から見た主郭
主郭から見たV郭
V郭
同・櫓台
同土塁
同空堀