日本の城跡

小机城(別称:飯田城)

遠望
訪問日 H12年10月、H23年 1月
ポイント 中世城郭の遺構を良くとどめている。交通の要衝で武蔵・相模の往来を押さえる拠点。
印象 横浜サッカー競技場の隣にこんもりとした丘の上にある。市民の森公園となっており、第三京浜道路で一部が削り取られているが郭・空堀・土塁等比較的遺構は残っている。薄暗い日であまり写真が撮れなかったのが残念。再訪す。前回より整備されており、深い空堀・土塁に圧倒された。今回は分断された富士仙元にも行く。茅ケ崎城同様、貴重な中世城郭遺構だ。
地図
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略史  関東管領山内上杉家執事職をめぐる長尾家の争いで登場。叛乱軍長尾景春の拠点となり石神井城を落ちた豊島一族、小机氏らが籠城した。しかし扇谷上杉家の執事太田道潅に攻め落とされ長尾忠景の所領となり成田氏を城代とした。その後北条氏網が制圧、伊豆の土豪笠原氏を城代とし、小机衆を組織して配下に置いた。豊臣秀吉の小田原征討時には廃城になった。
根小屋
腰郭
西郭空堀右側
同左側
同虎口・右櫓台
西郭
西郭と馬出し間の空堀 西郭と東郭間の空堀 同・前方は東郭櫓台 井楼からみた空堀 馬出しと櫓台
井楼跡(見張り台) 東郭 同櫓台 東郭からの空堀 井楼から見た空堀・左は腰郭
同空堀 馬出し・西郭への空堀 祠がある小郭 大手口
第三京浜に分断された富士仙元方面
同櫓台
富士仙元からみた西郭方面
対面にある古城山