日本の城跡

竜岡城

大手門
訪問日 H15年10月
ポイント フランスの築城家バーボンの意見を採用し、稜堡式築城法にならった五稜郭。函館の五稜郭と並ぶ平城。土塁と石垣が五角形をかたどっており、各稜間は147mで函館の半分。しかし函館と異なり砲台は一ヶ所にあるだけで、軍事上の実用性に乏しかった。
印象 事前の知識もなく訪問、びっくりした。規模は小さいが土塁・石垣がしっかり残っており、函館五稜郭と同じだ。水堀も一部埋められたが良く残っている。しかし水堀の巾は狭く、土塁の高さが低い等鉄砲、大砲の近代戦には有効ではない。しかし興味深い城郭だ。
地図
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略史  老中格、幕府陸軍総裁などを務めた三河奥殿藩主松平乗謨は、幕末、領地の大半がある佐久郡田野口に居所を移し五稜郭竜岡城を築城立藩した。廃藩置県前に、藩財政窮乏を理由に廃藩辞職し廃藩。
縄張り図
遠望
水堀・土塁
土塁・水堀跡
招魂社
主郭・台所櫓
主郭
土塁