日本の城跡
浪岡城
城碑
訪問日
H 7年11月
H13年11月
ポイント
約14万uの規模を持つ平城。深さ5m.程の二重堀で分けられた8つの郭が扇のように広がる形を持つ。北畠氏が拠った城、浪岡御所。
印象
すばらしい。郭、堀、土塁等遺構が多く残り、何よりも大規模さに驚いた。整備中であるが前回訪問より土塁、堀、川を利用し各郭との連携による堅牢さが良く分かった。
地図
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略史 南朝の柱石、北畠親房、顕家父子の子孫が拠った城。北畠氏は東北の情勢が悪化したのち、部下の南部氏の庇護の下稗貫・船越にいたが南部氏が北朝方に変わった為浪岡へ。浪岡御所とあがめられ、津軽を大浦・大光寺氏と鼎立して勢威をふるったが北畠一族の内紛から衰運に向かった。顕村の時大浦為信に攻め滅ぼされる。
内館
西館・内館
内館・西館の堀
猿楽館土塁・堀
北館・西館・堀
内館土塁
旧城碑・猿楽館方面
猿楽館土塁・堀
北館