日本の城跡

船岡城(別称:柴田城・船岡要害)

遠望
訪問日 H5年 8月、 H6年 5月 
ポイント 奥州街道の要衝、丘陵上に立ち北麓に白石川が流れる。付近一帯から仰ぎ見られるいちにある。”樅の木は残った”の小説で有名な原田甲斐の館。
印象 春、JRが麓を通る時必ず車掌さんが名調子で案内する桜の名所。要塞堅固というが公園に整備された為かそんな感じを受けなかった。とにかく原田甲斐と桜だ。
地図
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略史  城の歴史は古く、鎌倉時代に芝田氏が居住していたとのこと。戦国時代、柴田郡は伊達氏の所領となり柴田氏の初代四保定朝が住していたが後、桑折に移封される。その後屋代氏、そして原田氏が入城したが嗣子甲斐宗輔がいわゆる伊達騒動、寛文事件で断絶となり移封されていた柴田氏が再度入城し船岡要害を建築、明治を迎えた。
遠望
腰曲輪
二の丸
腰曲輪
本丸方面