日本の城跡
高田城(別称:豊洲陣屋・高田陣屋)
略史 高田城は鎌倉時代初期に大友氏の豊後下向に随従した高田重定が築城した。高田氏は代々大友氏の為に働き、南北朝期の争乱、大内氏との豊前争奪戦や島津氏との攻防戦等に出陣したが、大友氏の滅亡で高田氏の治世は17代、400年で終わった。豊臣秀吉は1593年、竹中半兵衛の子の重隆を入城させ、重隆は城の大改築を実施した。関ヶ原合戦が起きると、重隆は黒田孝高に従い、西軍に与する大友軍の拠点を攻撃、徳川家康はこの功により竹中氏を府内に移封した。城は30余年空城後、松平重直が龍王城から入城したが、在城7年にして杵築城に転封した。城はその後20余年、杵築藩預りとなった後に肥前島原藩主松平忠房が領し、高田城の本丸に陣屋(豊州陣屋)を構えた。 |