日本の城跡

くしふる神社


参道・鳥居
主祭神ほか 本来はくしふる山を神体山とするが、現在は本殿を構えて天津日子番邇々杵命(あまつひこほのににぎのみこと)を主祭神としている。くしふる山は日本神話の天孫降臨の地と伝えられ、日本書紀・古事記・日向風土記に比定され、古来霧島山とともに天孫降臨の有力な比定地とされ、霧島神社と並び称された。例祭は高千穂神社の春祭りに対して、秋の感謝祭で、年占の意味を込めて神事相撲が奉納される。かっては九州一円から力士が集まり、高千穂方と来坊方に分かれて技を競ったという。
印象 天孫降臨の地,全く知らなかった。高千穂一のパワースポットらしいが、事前に知識がなかったせいか、残念ながら感じられなかった。観光ルートから、少し離れている為か、人もまばらで深々とした神社であった。天孫降臨に伝わる史跡、高天原遥拝所や天真名井など回れなかったのは残念。
略史  くしふる山の中腹に鎮座し同山を御神体とする為、長く本殿を持たなかった。古来より高千穂神社の春祭りに対して秋祭りを行うなど、同社とは密接な関係にある。社殿がないが高千穂郷八十八社の一つに数えられ、旧三田井村村民から崇拝されてきたが、三田井の領主、三田井氏の滅亡とともに荒廃した。1694年に社殿建立を熱望した高千穂神社宮司が延岡藩主三浦明敬の援助を受け、高千穂18郷民の協力の下、初めて社殿が建立された。明治4年に県社に列し、戦後は神社本庁に属している。

本殿へ

途中にある土俵

本殿

彫刻が見事