日本の城跡

甚目寺(別称:甚目寺観音)

仁王門
訪問日 S63年 4月
ポイント 尾張四観音の一つで、筆頭格である。歴代尾張藩主の手厚い保護を受けてきており、他三観音との差がある。他同様、名古屋に入る主要街道を押さえる役目をもっていたが、甚目寺も津島街道に面していた。日本一高い三重塔、重要文化財の山門・東門・三重塔はじめ鐘楼・釈迦堂・六角堂等建っている。
印象 他三観音に比し毅然とした感じ。さすがわが国有数の古刹である。重文の山門・三重塔・東門には歴史を感じる重厚さだ。他三観音にくらべ庶民的雰囲気は少ないか。
地図
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略史  仏教伝来からわずか60年後の597年に伊勢甚目村の漁師、龍磨が江上の入り江で漁をしていたところ、聖観音像(百済から日本に来る途中海中に投じられた三像仏の内の一つ)が網にかかった為お堂を建て像を納めたのが甚目寺の始まりである。従って法隆寺・四天王寺に次ぐわが国有数の古刹である。その後天智天皇、天武天皇から鏡・額の頂き物があり、そして栄枯盛衰の後、1201年には聖観上人が再興をはかり、七堂伽藍も整備された。更に豊臣秀吉、尾張藩主徳川義直公の庇護を受け、尾張四観音の筆頭として栄えてきたのである。
仁王門
仮本堂
鐘楼・六角堂
仮本堂・鐘楼
三重塔