日本の城跡
丸根・鷲津砦
丸根砦碑
訪問日
S62年 7月
ポイント
丸根砦は小高い丘に位置し、東西36、南北28m.の曲輪に堀が巡っている。後の家康、松平元康に攻められ落城した。鷲津砦はやはり小高い丘に位置し、東西35、南北40m.の規模で堀を巡らしていたが、朝比奈泰能らに攻められ落城した。いずれも小さな砦であり、大軍を阻止できなかった。
印象
両砦とも国の史跡になっている。歴史の重要ポイントになった砦。丸根砦は堀等比較的遺構が残っているが、鷲津砦は石碑のみ。なるほど、大高城と三角形をなし、鳴海城にも睨みを利かせている。
地図
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略史 織田方の鳴海城主山口教継は、上洛を目指す今川義元に寝返り大高城を攻略した為、織田信長は大高城と今川軍の連絡を断つべく丸根、鷲津に砦を築いた。丸根砦には佐久間盛重が、鷲津砦には織田信平、飯尾定宗らが入城し今川軍に対し奮戦したが、いずれも大半が討死し落城した。後に役目は終わり廃城に。
丸寝砦遠望
鷲津砦碑
鷲津砦遠望