日本の城跡

吉田城(別称:西法寺館)


土塁・空堀跡
訪問日 H29年10月
ポイント 城は横手盆地の中央南部にあり、小野寺氏支配の平野部のほぼ中央に位置する。東西100m、南北90mの略方形単郭に、土塁を巡らせ、その四隅に物見櫓を配置している。外周には約10mの堀に囲まれ、北側には馬場跡がある。
印象 西法寺の裏、単郭。土塁も幅広く、隅に櫓台がある。周囲は堀で囲まれており、なかなかの見ごたえのある城だった。
地図
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略史  小野寺氏16代輝道は、大和田光盛に奪われていた横手城を奪還し、家督を義道に譲って吉田城に隠居した。輝道没後、末子棟道が城主となった。関ケ原の役で西軍に与した小野寺氏は改易、佐竹義宣が出羽に移封となり、吉田城には茂木監物が入城した。茂木氏はその後横手城に移り、吉田城は廃城となった。

西法寺山門

同本堂

堀跡

隅櫓台

単郭




隅櫓台




土塁・空堀跡






西法寺境内